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三松正夫 郵便局長
明治21年生まれ。
逓信事務見習い(16歳)を経て世襲で特定郵便局の局長(24歳)となる。
明治43年7月の有珠山の活動の際に、郵便配達等の土地勘から観測調査の案内役となる。
東大、北大の先生付いて回るうちに学問の偉大さを感じ、地学を志す。
昭和18年12月28日の激しい大きな地震と余震の際に、「とっさに明治活動と同じものを感じ」(「昭和新山」三松正夫、講談社、p.29)たのは、これまでの素人ながらも地学への志しや研究が生きたとも言える。
この地震に伴う隆起によって電話線が切れるとただちに修理班を送るなどの業務もこなす。
過去の経験や知識を持っていることに加えて(田舎の顔の知られた)郵便局長であることから、村人達が多く訪れ幅広い情報収集と対策もすることになる。
知識のあるところに情報が集まり、その情報が知識で生かされるというわけだ。まさに逓信に徹してるとも言える。
戦時中につき学者が来られない、長期滞在できないことから観測が三松に委託されるのだが、それよりも本人の使命感によるところが大きい。
特定郵便局の局長は仕事をきちんと日々片付けさえすればいいので、勤務時間に縛られず兼業も可だということが観測を可能にしたとのこと。(「昭和新山」三松正夫、より)
昭和26年に退職する際には、『「一人ぐらい型破りの名物局長がいてもよいではないか」と郵政省から辞意撤回のお話しを頂いたが、火山にひかれて固辞してしまった。』」(「昭和新山」三松正夫、講談社、p.32)そうだ。
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